iPhone が殺したもの

iPhone が、というよりスマートフォンが、というべきかもしれないけれど、iPhone は多くのデバイスを殺してきました。


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iPhone は iPod を殺した

Apple はiPhone で自らの iPod の息の根を止めた。

iPod touch販売終了へ。「iPod」20年の歴史に幕

iPhone が殺したものは、iPod だけではありません。他のデジタル・オーディオプレーヤーだけではなく、オンキョーのような「オーディオ」を支えてきた文化、タワーレコードのような音楽文化そのものを殺してしまった。iPhone はオーディオとか音楽というものを大衆化して俗物としてしまったのです。

いい音楽に触れるために、程度のいいオーディオ機器を探し、中古レコード店の棚を漁るという文化を iPhone は殺してしまったのです。あの新しいLPレコードのビニールラップを剥がして、レコードプレーヤーに針を落とすというドキドキ感は失われました。誰もが安っぽい低い音質のストリーミングで満足できてしまう「カジュアルな音楽」というデジタルデータを安価に手に入れることができてしまうようになりました。居間のオーディオセットや、高速道路を駆け抜けるセダンの中で味わうコルトレーンのサックスの叫びを、小さなイア・フォンの中に閉じ込めてしまったのです。私達が居間で正座して、あるいはロッキングチェアに寛いで聞き入るオーディオマニアの「音楽の愉しみ」を殺したのです。

「音楽」という文化を、スーパーの生鮮売り場でサバの切り身を選ぶ時の BGM で聞くような安っぽい時間つぶしのネタにしてしまったのです。


iPhone は Nikon の一眼レフを殺した

ニコン、一眼レフカメラ開発から撤退 60年超の歴史に幕

本日の一部報道について

iPhone は「写真」という文化を殺しました。シャッターチャンスを狙い、写し取った風景を現像所に持ち込み、数日後に現像されてくるという写真文化を殺したのです。風景は今そこにあるもので、単にその風景をデジタル化して記憶装置に流し込む。


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既にその文化はデジタルカメラによって失われてしまったのですが、iPhone は、今ある風景を切り取り、数秒も待たずに世間キャプション付きで公開する機能を持ってしまった。

「カメラ文化」はアナログフィルムから、デジタル化されて久しい。そして「写真週刊誌」というジャンルがあったように、シャッターを切り、写真を公開するという行為を余りにもお手軽な一億写真日刊紙の大衆文化としてしまいました。そのため「写真による報道」を余りにも大衆化させてしまい、公開の是非を含め、シャッターを切り、コメントをつけて発表するという行為を、世俗と広告にまみれた低俗な大衆メディア文化としてしまったのです。

大衆の世俗化したメディアは、報道の公明性、平等性を社会から奪い、世間に出回る映像、写真、発言などが、何のフィルタもかからず流通してしまい、大手のメディアでさえ大衆メディアに追従するようになってしまいました。社会をフィルタのない「陶片追放」の民主主義の世界に変えた。

もっとも、その動きは、2000年代はじめに起こったことなのですが、iPhone は Web2 が持つ発言力を加速化、世俗化してしまいました。

iPhone は コニカ や Kodak などの大衆向けアナログフォトデバイスを社会から一掃し、その勢いは Nikon の一眼レフ分野をフリーズさせるほどに至っている。アナログ写真は既に鬼籍に入って久しいけれど、フォトグラファーという職業の特権だった「風景と時間を切り取り芸術化して発表する作業」を世俗化して殺したのです。


iPhone は Palm Pilot を殺した

Apple は自ら開発して失敗したNewton をはじめ、 Palm Pilot などの PDA (Personal Digital Assistant) や電子ハンディデバイスを殺しました。


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PDA はデジタルデバイスの黎明期から、人々にとっては非常に重要な個人情報の管理手段であり、メモ、カレンダー、電話帳などで PDA を使いこなすことに我々は苦心してきました。Newton に始まり、Palm Pilot、その他 Sharp の Zaurus などの電子手帳など、この世には、過去に多くのインテリジェンスデバイス、 PDA が生まれてはユーザのポケットから消えてきましたが、iPhone はそれらの栄枯盛衰の夢と希望を尽くを粉砕して殺してしまいました。

PDA を使う人にとっては、如何にそのデバイスを巧みに使いこなせるかに腐心しカスタマイズする愉しみと苦悩を生み出してきたのです。Palm Pilot は最初、PC の周辺機器であり、これを手にした人は、まずはモデムが使えないか、そしてカメラや GPS を搭載できないかと試し、なんとか使い物になるハンディデバイスへとカスタマイズする愉しみがありました。

が、iPhone はそれらの努力をすべて制裁してしまいました。

ついでに Microsoft Windows Mobile 端末も殺してしまいました。



iPhone は Garmin の Nuvi を殺した

iPhone は Garmin の Nuvi を始め TOMTOM, Sanyo Gorilla などの GPS 地図情報、位置情報、パーソナル・カー・ナビゲーションシステムを殺してしまいました。確かに自動車ナビゲーションシステムは今も生き残りをかけて必死に存在し続けていますが、iPhone の単機種の普及台数、生産台数に比べれば、車載ナビゲーション専用システムの生産数は微微たる物です。唯一救いがあるとすれば、自動車の内装にフィットするデザインだけで、新車に搭載されて半年は「役に立つ」デバイスです。でも情報の陳腐化により一年もすれば「使い物にならない」と判断されるでしょう。

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カーナビゲーションシステムは単なる画面の操作パネルと表示、安っぽい iPhone が放つ貧弱な音楽ストリーミングデータを増幅するためのアンプ機能とスピーカ機能だけあればいい。

Palm Pilot や SONY VIO U シリーズの様なハンドヘルドデバイスをカーナビ化できないかと考えていた頃がありましたが、 Garmin の Nuvi シリーズはそんな妄想を粉砕するほど手軽で使い勝手の良いデバイスでした。

GPS も地図も内蔵してくれるナビゲーションシステム。iPhone は GPS を内蔵してリアルタイムに道案内をして、「目的地にたどり着く」というドライブという愉しみを単純化し「未知の道」を走る喜びを封殺し、安っぽいオーディオソースで満ち溢れた車の中を単なる移動手段に変えました。



iPhone はラジオを殺した

iPhone はラジオを殺しました。もっとも殺したのは「ラジオ」という受信機と「電波」つまり「ラジオ放送」「送受信機」というインフラ。媒体です。ラジオそのものは Radiko で聞けるし、ラジオという音声コンテンツはまだ緊急時に有用だと感じています。もっとも地域 FM をサイマルラジオで聞くにはあまりいい環境とは言えませんが、「電波」が無くても「放送」が聞けるのはまだ有りがたいのかも知れない。

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しかし、20世紀の昔、雑音の中から探した海外の短波放送や、中破放送で聴いたTBS の「永六輔」「大沢悠里」の様な、あの昼間の平和なノイズだらけの「AM 電波放送」は iPhone が殺してしまったと言って良いでしょう。サイマルラジオがなければ今の放送文化は生き残れない。

大沢悠里 81歳で『ゆうゆうワイド』が終了。


ラジオというデバイスはポケットに入るサイズで、二本の乾電池で何十時間も聴取できる今でも有用で、画期的なモノなのですが、すっかりその立場は iPhone に盗られてしまいました。一体、災害や政変があった時に、誰が「今」を中継するのでしょう。

災害情報は、デマまみれの SNS によって拡散され、政治は歪曲され、救いを求める人々は、携帯電話のない世界に放り出され、孤独な環境に放置される。観光船の救難情報さえも携帯電話が使われる時代、人々が情報をやり取りするアナログの電波という通信手段を iPhone は奪ってしまったのです。

アナログ送受信は iPhone によって殺されました。

iPhone は「もしもし」という言葉を殺した

iPhone は「もしもし」という日本語を殺した。 本来、スマートフォンは「電話する」ためのツールであったのに、スマホ文化は「電話する」という目的を超えてしまい、ついでに「もしもし」という謎単語を消滅させました。誰も、iPhone を使って電話なんてしない。あるのはメッセンジャーアプリケーションだけなのです。

もはや Phone 機能をほとんど使わないスマートフォンは「電話」という名称が相応しくない存在になってしまいました。「羽を取ったらアブラムシ」でもないけれど、iPhone から Phone を取ったら何になるのでしょう。

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iPhone は東スポとゴルゴ13を殺した

地下鉄に乗り換える時、燦然と輝く駅のキオスク。iPhone はキオスクと共に、ド派手でドギツい東スポを殺し、あの小さなデバイスの中に閉じ込めてしまったのです。日中動き回る機会がおおいビジネスマンにとっては、「今日は何の雑誌が出る日」かが暗黙のルールの様に脳内インプットされており、好みの雑誌の発売日でなければ、あのド派手な見出しの「東スポ」を買って、ホームの真ん中で、バキン!と男らしく広げて読むのが清々しいものでした。東スポの派手な見出しは半径5m内外に異様なフンイキを撒き散らし、今日の笑いネタビーム光線を発射していたものです。

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そんな東スポや、雑誌、タブロイド夕刊紙はキオスクの消滅と共に駅構内から消え去りました。東スポのあの真っ赤な見出しは見れなくなり、小さな iPhone の中で慎ましく読まれる媒体に落ちぶれたのです。

また、iPhone はB級サラリーマンの毎月10日、25日の愉しみだったゴルゴ13をキオスクと一緒に殺しました。

さいとう・たかを氏、逝去。ゴルゴ13は連載継続

日本経済新聞では絶対にかかれないであろう国際間の問題をゴルゴ13は追い求めていたのですが、国際間のブラックな情報を読み倒す愉しみw iPhone は奪ったのです。

もう賛美歌13番もG13型トラクタも登場しないでしょう。


多分殺されるであろう免許証と健康保険証

多分 iPhone は健康保険証や免許証といった ID カードを殺すでしょう。というより、財布の中身をすべて殺すのかも知れません。クレジットカードキャッシュカードショッピングモールのポイントカード etc...

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便宜性は高いと思うのですが、こうした公共の個人情報を他国にあるクラウド上に保管されることに、もう少しセンシティブになるべきだろうけど、いかがなものでしょうか。

次に iPhone が殺すものは、財布の中の主人公、「現金」という印刷物かも知れない。次に殺されるのは ATM でしょう。


iPhone はパスワードを殺した

iPhone は認証基盤として長年コンピュータ業界を支配してきた「ID と パスワード」を殺しました。複雑で辞書に載っていない8文字のパスワードを考えて作る愉しみを iPhone は私達から奪いました。

ついでに膨大な費用をかけて構築された、オフィスで使うパスワードと ID 管理システムも葬り去った。保険のおばちゃんが持ち歩くパスワードトークンも時代遅れにしてしまった。


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その代わり、iPhone の電池が無ければガス代の振り込みどころか、コーラ一本も買えない不自由な時代にしてしまいました。手の不自由な人にも、顔が不自由な人にも生体認証を強いる世の中にしてしまいました。


iPhone はパーソナルコンピュータを殺す?

異論あるかも知れません。しかし iPhone をはじめとするスマートフォンは、既に性能、機能共にパーソナルコンピュータの領域と価格を超えています。もし、Microsoft が Windows Mobile の分野で成功していれば、Windows PC は今ほど残っていなかったでしょう。

携帯ガジェットが PC の周辺機器ではなく、今や主人公となり、PC は従者の役割に堕ちました。

よく、「就職して社会に出る若者は Mac や ChromeBookではなく Windows に慣れておくべきだ」と言われます。世の中の IT ビジネスがスマートフォンを中心に回って行く社会の変革の中で、IT の運用面でもスマートフォンがいつまで IT 分野のエッジデバイスとして扱われるのでしょうか。

救いがあるなら、iPhone がライトニング端子を使っている以上、拡張性が犠牲になっていることです。もし、iPhone に USB C 端子が備わる日が来れば、出先から帰ってリプリケータなりドックに繋ぐだけで必要な備え付けのディスプレイ、キーボードが使える環境が用意できます。

パーソナルコンピュータの何倍もの出荷台数があるスマートフォンのシェアを Microsoft が放棄するとは思えません。 Office プロダクトの iPhone 始めとするスマートフォンへのプラットフォームの移行は時間の問題ではないでしょうか。既に Microsoft は Windows による利益に限界を感じているせいか、アップデートを無償化しています。儲かるのは Office と OneDrive のサブスクリプション販売なのです。


202x 年 Windows 最期の日
https://islandcnt.exblog.jp/240366025/

Windows 365 は使える? サブスクリプション化する Windows
https://islandcnt.exblog.jp/241428891/


恐らく数年後には Intel PC でしかできないことはグラフィックスが必要なゲームと、CAD などの一部の x86 専用の業務アプリケーションだけかも知れません。まぁ Linux を使いたいという利用者は Intel PC を使い続けるでしょう。それでも、リモートデスクトップを使えば、iPhone でも高度な Intel PC が使えるわけですから、「基本 iPhone、 必要なら Windows365」という組み合わせのビジネススタイルもあり得る訳です。

既に iPad が USB C と M1 チップを搭載しているので、iPad が Mac 化する日も来るかも知れません mac ユーザは一般的にアプリケーションを使うことが目的です。OS が何であれ、アプリケーションが正しく便利に使えるなら mac は不要という人も居るかも知れない。外付けキーボードがあって、Windows デスクトップが使えれば、スマートフォンとかタブレットで充分、というビジネススタイルもあり得ます。

まぁ、今の所、印刷機能がプアな点が iPhone はじめスマートフォンの今の弱点な訳です。

iPhone は映画館を殺した

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iPhone は映画館で映画を見るという、あの暗闇での楽しみを殺しました。あの映画館でしか楽しめない音量と画面の迫力、暗闇でドキドキしながら女の子の手を握りしめたあの頃。そんな愉しみを iPhone は殺してしまいました。

映画は明るい居間や通勤電車の中で、個人が好き勝手に見るものに陥れられました。


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結局、iPhone を始めとするスマートフォンは、私達のポケットの中身を減らすことには随分役立ちました。引き換えに私達が「愉しみ」として特別に扱ってきた20世紀の文化も奪ってきました。それが時代の流れだと言えばその通りなのですが、2001年宇宙の旅やブレードランナーなどで夢のように語られてきたテレビ電話の機能まで、あの小さな LCD パネルは私達が予想もしなかったものを作り出してしまったのです。

さて iPhone14 は次に何を殺すのでしょう。もう殺すモノがなくなった時、iPhone は「オワコン」と呼ばれる時なのかも知れない。



by islandcenter | 2022-08-07 11:10 | 雑文 | Comments(0)