ケーススタディ:全世界で8万人が使う GroupWise

A社は全世界数百拠点、8万人の従業員を抱える巨大な多国籍製薬会社です。

-製薬業界-

ボクは子供の頃は体が弱かったのですが、大人になってからは、正露丸とバファリンと萬金胆さえあればいいほど元気になりました。だけど痔だの水虫だのの薬を買いにドラッグストアに行き、薬売り場で気が付いたことがあります。

製薬会社の多くが、食品、衛生、果ては化学、とんでもないところでは爆薬作っている会社が薬を作ったりしているわけなんですね。

逆に製薬会社の子会社に食品会社や衛生用品の会社があったりします。

つまり薬ってのはとんでもない所から薬ができたり、薬として開発しようとしたらそれが厚生省の申請を通らず、健康食品として販売しなければならないなどということもあります。

だから医薬品メーカーというのは巨大なメーカーから中小のメーカーまでさまざまなのです。

薬というのは病院では売っていません。これも二日酔いでバファリンくらいしか飲まなかったボクには知らなかったことです。

医者が処方箋を書く。その処方箋をもって、病院の周りにごっちょりある薬局で薬を買う。したがって、医薬のセールスマンというのは通常、営業とは言わずMR(Medical Researcher)とか言われています。

一昔前であれば、MRさんのお仕事ってのは医者にヨイショしてどうやって自社製品を処方箋に書かせるかがミッションのようにいわれていましたが、今や、病気、医療、医薬に通じた専門家として扱われており、正社員ではなく、専門業種として扱われています。

現代のMRは専門職であり、ほとんどどこの製薬会社でもオフィスに出勤するという業務形態をしないそうです。特に外資系医薬会社は、例えばアメリカのひとつの州に一人という場合もあり、オフィスで仕事をするという習慣はまずありえないそうです。

医薬の開発は、生物学、化学、医学、統計学など様々な知識を必要としており、日本で販売するためには分厚い資料を厚生省に提出して医薬品として認可が必要ですから、文章力も必要な大変な仕事なのです。まさに莫大な知識が必要であり中小の医薬会社は、自社製品開発の偶然の産物だったこれらの医薬品を大メーカーにブランドごと売却したり、医薬専門メーカーが偶然の産物としてできた家庭用品、ペット用医薬品、衛生用品、食品をブランドごと他のメーカーに売却したりすることが行われます。

選択と集中の結果です。

A社の日本法人もそのような過程を経て、今や立派な「外資系医薬会社」となっています。

-GroupWise-

A社は巨大な複合企業ですが、奇跡的にもひとつの運用ポリシーでシステムが運用されています。当然、国が異なれば、それぞれ方針が違い、企業としての現地法人が設立されるわけです。しかし関連する衛生用品や家庭用品も含めた総合企業として一つのディレクトリで運用されています。その8万人の従業員全てが GroupWisee を使っています。

一時、 GroupWise をはじめ Lotus Notes などのいわば「ファットなグループウェア」が流行した時期があります。今からちょうど10年ほど前でしょうか。私は両方使ったことがあります。 GroupWise も Lotus Notes も非常によくできたソフトウェアでした。完成度では GroupWise は圧倒的です。しかし Lotus Notes の半完成品的なカスタマイズできる機能も魅力でした。

しかしこれらのグループウェアの流行はわずか数年で終わります。理由としては

- たかが会議室予約のために頻繁なバージョンアップと大きな労力を必要とすること

つまり、グループウェアの本質を「たかが会議室予約のシステム」としてしか理解できなかったIT部門がその有効性を理解できなかった所は相次いでこれらの「ファットな」ソフトウェアをウェブベースの製品に置き換えています。

しかし、ウェブベースの製品のメリットとは単に

  - IT部門が楽できる

という一言しかありません。IT部門の担当者は毎日オフィスで仕事をします。モバイルユーザではありません、だから全てがウェブで仕事できれば、セキュリティのリスクもないし業務はできるじゃないかと主張します。そもそも、そういうIT部門では、ウィンドウズもオフィスソフトウェアもプリインストールが完了したPCを配布しているだけなのですけどね。

しかし、A社のMRのような業種は必要な情報を簡単にラップトップコンピュータから取り出して幾つもの情報を医師に提供しなければならないのです。これは私のようなサービスエンジニアにとっても重要な要件です。

サーバールームのコンピュータとの通信時間はできるだけ短ければよい。答えを全てサーバールームから得るのではなく、手元にあって必要な加工が即座にできるということは重要なことなのです。電車での僅かな移動時間、飛行機の待ち合わせ時間、車を降りて目的地に歩いていく僅かな時間であっても、コンピュータを操作して必要な情報を引き出すことは、オフィス外で仕事をするビジネスパーソンにとっては貴重な時間なのです。

したがって、単にIT部門が楽できるからという理由だけで、全ての電子メールシステムやグループミーティングをウェブベースにするというのは非常に馬鹿げた話なのです。モバイルオフィスのユーザにとっては常時ウェブシステムにアクセスできる条件で仕事をしているわけではありません。

私が以前いたオフィスもそうでした。顧客とミーティングしている最中に「オフィスにもどってからスケジュールを確認します」では笑って済まされない話にも関わらず、そうせざるを得ない不思議なセキュリティポリシーと運用があまりにも多すぎるのは、業務を全く知らないIT部門の馬鹿馬鹿しいポリシーのせいです。

また、大抵のこれらのグループウェアは専用の暗号化されたデータベースを持つため、紛失、盗難による情報漏えいはまず聞いたことがありません。むしろ POP や HTML のSSL化されないテキストベースの通信の方がよほど危険性が高いと言えそうです。

これらのモバイルユーザにとっては移動しながら使えるグループウェアというのは「情報世界」そのものでライブラリなのです。A社に限らず、 GroupWise を使っている顧客のエンドユーザは、ありとあらゆる重要情報を GroupWise に保存しています。多分 Notes を使っているところも似たようなものではないでしょうか。

-eDirectory と AD, Ldap-

eDirectory の最大の利点は分散型の Ldap サービスを構築できる点です。この点は Ldap を使った認証サービスの中では最高の性能と機能を提供します。本社と工場、数箇所の営業拠点といった数百人程度の規模では OpenLdap を使ったサービスは確かに安価に提供できる機能です。

しかし、数千人以上の規模と沢山の関連会社を抱えたA社のような複合的多国籍企業では OpenLdap での管理は不可能でしょう。通信の障害、サーバの性能、規模、耐障害性、どれをとっても eDirectory は必要な選択でした。

また、部門や商品ブランドの売却、買収を繰り返してきた巨大な医療用製薬産業では AD のような柔軟性のないディレクトリを構築する限り、スムーズな業務の継続性を維持できなかったはずです。部門の売却、買収というのは、付加価値のない単なるネーミングの売却、買収であり、付属する従業員や巨大なファイルライブラリを分割することはできません。

残念ながらA社でも製品ブランドを日本のある企業に売却したことがありましたが、相手がディレクトリサービスの効用を認めず、文字通り「ブランドの買収」に終わって、従業員もろともライブラリも破棄されたことがあります。後ろ向きな仕事でしたが、長いお付き合いがあったIT担当者もレイオフされました。

A社ではないのですが、私は一度、会社の分割に関わったことがありますが、この会社は eDirectory を使っていました。金曜の夜の会社の分割と共に、オフィスが移動したのですが、次の月曜日には移動したオフィスでエンドユーザが以前と全く変わりなく仕事ができたことは幸いでした。おそらく、ドメインを使っていた場合は、ユーザの削除と再構成、アクセス権の設定、ユーザの初期パスワードの設定とトレーニングのため、引越しに数ヶ月の準備を必要としたでしょう。

-伊勢丹と三越住友と三井が合併するなんて数世代前の経営者には思いつかなかった発想なのです。しかし同じ程度のショッキングな出来事が当たり前のように国境を越えて行われるのが現代の医薬業界です。

また増え続ける情報リソースにユーザがスムーズにアクセスするにはシングルサインオンは必須の機能です。実際にユーザが使うIDとパスワードはひとつで十分です。

実際、ある日本の代表的なとある有名企業グループでは、ユーザ管理ポリシーが企業グループで統一されておらず、関連会社が必要な情報を得るため、本社のシステムにアクセスするIDとパスワードが関連会社ごとに統一されてませんでした。そのため社内のシステムだけではなく、子会社のシステムを使うにも60日に一度変更されるパスワードポリシーが更に適用されていたため、全くエンドユーザが使わない(まぁず絶対使えない)システムを多額の費用を掛けて開発していました。当たり前のことですが、どうしても必要だというエンドユーザはIDとパスワードを大抵は付箋で管理しています。もっとも引き出しの中なのですが。

A社では eDirectory と SAP の連動を行っているということで、各国、各子会社でユーザを作成すると、全自動で人事、グループウェア、必要なファイルアクセス、個人のポータルサイトが一瞬で出来上がります。まるで魔法のようなシステムでした。

しかも ZENworks が必要なアプリケーションテンプレートを自動配布します。また本社と研究所を移動するスタッフは大抵PCを持ち運ばず、現場で余ったPCを使います。それでも GroupWise と eDirectory は必要な情報に容易にアクセスできる仕掛けを提供します。

しかし、欠点もあります。それは各システムのパスワード同期に時間がかかったりタイミング的にうまく行かないケースがあるということです。この点が現在のIT部門の悩みです。

またあまりに eDirectory に頼りすぎているため、eDirectory の障害が発生すると、全世界的なトラブルに見舞われることがあります。特に日本は日付変更線のすぐ西側なので、私が真っ先にトラブルにやられるという経験をしました。たどたどしい英語でヘルプデスクに問い合わせると「それは今世界中で発生しているトラブルだから、まず、日本から対策してくれ」と手順を説明されました。

私が経験したトラブルはそれくらいです。

特に米国で××記念日で3連休があった翌日、つまり火曜日あたりは大体何かのトラブルを出していました。スキーマの変更がどこかでスタックすると eDirectory の同期が不完全な場合が発生します。何しろ世界中で数百台のシステムが分散稼動しているわけです。

A社では、全世界的に Microsoft の AD の導入を実施しています。しかしその担当者の名前を聞いて、まず笑って安心しました。何しろ彼はEUとAPに eDirectory を導入した担当者だからです。おそらく、なんらかのアプリケーションを導入するためADを必要としているのでしょう。あるいは、売却する部門の買収先がADを必要としているからなのかも知れません。

2000年問題の時はA社には Novell Inc. のエンジニアが常駐していたそうです。「オレのところで何かあったら、それは世界中で起こる事だからね」と担当者は笑っていましたが、海外にはA社の数倍の規模のディレクトリがある企業もあるそうです。当然、皆さんが良く知っている企業です。

A社は製薬会社としては中位です。(それでも日本の大製薬会社の3倍以上の規模ですが)この規模はさらに大きな企業に買収される危険に晒されています。経営者がITそのものと従業員が資産だと考えるのならばA社は簡単には買収されないでしょう。逆に同規模の企業との合併が過去にありましたが常に先進的なA社のディレクトリに飲み込まれています。

非番のエンジニア
by islandcenter | 2005-08-27 21:11 | GroupWise | Comments(0)